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「今宵、喫茶店メリエスで上映会を」山田彩人

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今回ご紹介するのは「今宵、喫茶店メリエスで上映会を」(著:山田彩人)です。

-----内容-----
仕事を辞め、幼い頃に暮らした街に帰ってきた亜樹。
しかし、大好きだった商店街はシャッター通りになり、映画の上映会をしていた喫茶店「メリエス」は店を閉めようとしていた。
亜樹は「メリエス」の店主の野川さんに身の回りの不思議を相談しつつ、最後の上映会を行う。
そして、映画のなかの少女に自分を重ねるうち、商店街を昔のようにもどそうと決心していた……。
優しい時間が流れる喫茶店で紡がれる、謎解きと再生の物語。

-----感想-----
主人公は貴島亜樹、25歳。
物語は第一話から第五話まであり、それぞれ映画のタイトルがその話のタイトルになっています。

「第一話 フレンチ・カンカン」
冒頭、亜樹が久しぶりに帰ってきた故郷はシャッター通りになっていました。
そこは亜樹が13歳から14歳にかけて、大叔母にあたる宵子さんの家にあずけられていた一年ほどの間住んでいた街です。

亜樹がやってきたのは商店街の中ほどの四つ角にある「メリエス」という名の喫茶店。
マスターが5年前に引退し、現在は野川櫂司(かいじ)という40代の人が「メリエス」の主になっています。
野川櫂司は3年前に事故に遭って車椅子の生活になっています。
また、「メリエス」は車に突っ込まれ、壁全体がめちゃくちゃに破壊されていました。
大通りにショッピングセンターができ、商店街に人が集まらなくなったのに加え、お店の壁も破壊されてしまったことから、野川は店を閉めようと考えています。
それを聞いて亜樹は焦ります。
亜樹にとって「メリエス」はこの街で最も思い出に溢れている場所でした。

「メリエス」は映画ファンが集まる喫茶店でした。
週末になるとプロジェクターで古い映画を上映する会も開かれていました。
上映された映画はマスターや野川が厳選した良い作品ばかりで、けして大ヒットした有名作品ではなく、でも観れば良さが伝わってくるような作品でした。
ちなみに野川は最初は映画ファンの客として「メリエス」の常連になり、やがてここに勤めるようになっていました。
亜樹も大叔母の宵子さんに連れられてよくその上映会に参加していました。

野川の映像表現への持論も出てきました。
「映像の言葉を理解できていない人間は名作を観たって、その作品がなぜ名作なのかを味わうことはできません。ただ有名な作品を自分も観たということに満足しているだけなんです」
「観ていれば自然に映像の言葉が分かってきて、映像表現を味わえるようになるような作品を選んでたんです」
野川の映画へのこだわりはかなりのもので、これは山田彩人さんの映画へのこだわりでもあると思います。

亜樹は野川に「お店を閉めるんなら、その前に最後の上映会をしましょうよ」と提案。
友達に頼んでビラを作り、上映会に向けて動き出します。

また、亜樹は亡くなった大叔母、宵子の家の遺品整理を母から一任されていて、この街に帰ってきてから宵子の家に住んでいます。
その家に泥棒が入ったかも知れないことに亜樹は思い至ります。
最初はスピーカーの位置が変わっていて、次は自炊のために買ってきた食材が減っていて、何者かがこの家に侵入しているのは確実な状況でした。
この作品はミステリーの要素があり、各章ごとに謎解きがあります。

かつて商店街の入り口にあり現在は閉店してしまった「クミン館」という遠くからもお客が来る人気のカレー店や、佐藤羽沙(うさ)という少女なども登場。
「クミン館」のカレーは作品全体で何回も出てきて、読んでいると食べてみたくなってきます
「メリエス」での映画の上映会が終わる頃、亜樹はこの店を続けることを決心していました。


「第二話 スタンド・バイ・ミー」では冒頭から「缶詰帝国」という缶詰の専門店が登場。
シャッターだらけの商店街の中で珍しく今も存続しているお店です。
店主は小笠原葵という亜樹がこの街で通っていた中学の一年後輩の子です。

この話では、缶詰が街の色々な場所に置かれている謎の現象が起きます。
その缶詰は普通の食べ物の缶詰ではなく、風変わりなデザインの電車の模型が入っています。
しかもティッシュペーパーでくるまれているだけという随分と雑な包装です。
この缶詰の謎に段々と迫っていきます。

ちなみに、この話に登場した奥村大地という中学三年生の母親の考えには共感できませんでした。
「大地は、だめなんです……。時間があるとこんなものにばかり夢中になってしまって、勉強しようとしません。こういった遊びは一度断ち切る必要があると思うんです」
このように言っていましたが、奥村大地の成績は悪くはなく、むしろ良いほうです。
しかし親はある有名高校に入学してほしいと考えていて、今よりさらに上の成績を求めていました。
そのためには趣味をやめて勉強だけに集中しろというのが親の考えのようです。
しかしそんな形で無理やり勉強させたところであまりはかどらないのではないかと思います。


「第三話 タバコ・ロード」
季節は夏。
この話では「メリエス」に妙なお客さんが来るようになります。
彼らはこの辺りをあちこち歩き回り、その後で「メリエス」にやってきて、なぜかみんな奥の隅の席に座ってカレーを食べ、そして「缶詰帝国」に立ち寄って珍しい缶詰を買って帰っていきます。
そんな客が多い時では日に10人も訪れるようになっていました。

そんなある日、商店街を抜けたところにある病院の跡地で事件が発生。
上宮柾斗(うえのみやまさと)という高校三年生の少年が門を乗り越えて病院に入ろうとし、バランスを崩して落下してアスファルトの路面に頭を打って気を失っていました。
幸い大事には至らなかった少年をひとまず「メリエス」に連れていきます。
この少年も例の謎の客達の一人と考えた亜樹はなぜわざわざ東京からこの街に来たのかを聞き出そうとします。
私は亜樹のやたらと人の秘密を暴こうとする姿勢には共感できなかったです。
ちょっと強引に迫りすぎだと思いました
柾斗から聞き出した結果、「殺戮日記」というタイトルの、連続殺人犯の告白という体裁のブログの存在が明らかになります。
内容は創作のようですが、文章に妙にリアリティーがあるという特徴がありました。
そしてそのブログの文章の中に出てくる場所は、全てこの街に当てはまっています。
柾斗によると最も当てはまっているのは商店街の中にある缶詰の専門店と壁が壊されてオープン・スペースになっている喫茶店とのことでした。
柾斗は殺戮日記が気になっていて、いずれ犯罪につながるかも知れず、一体誰がどんな目的で書いているのかを明らかにしたいと考えていました。
しかし柾斗は東京に住んでいてこの街に出てくるのにも時間がかかるため、亜樹と櫂司が殺戮日記のことを調べていきます。

この章では櫂司の以下の言葉が印象的でした。
「日本ではシリアスな作品ばかりを高く見て、コメディというと低く見る人が多いようですが、それは正しい価値観とはいえません。特に映画の世界では、優れた監督はみな優れたコメディが撮れる人でした。そしてドタバタというのはコメディの中でも最も高級な表現なんです。シリアスな文芸映画なんて誰でも撮れますが、良質のドタバタ・コメディは才能のある映画作家にしか撮れません」


「第四話 ミツバチのささやき」
この頃には商店街にも少し活気が出るようになっていました。
ある日、亜樹が夜道を歩いていると、30センチはある厚底サンダルを履いた謎の女が現れます。
異様な雰囲気で、亜樹はかなり警戒していました。

また、木戸涼子さんという、野川櫂司のことを「かーくん」と呼ぶ人も登場。
涼子は自分の娘のことを相談しに来ていました。
娘の名前は胡桃(くるみ)と言い、長い間部屋に引き込もって生活していました。
それが最近になって急にこの街に引っ越して来たいと言い出し、既に一人暮らしを始めてしまったため、この街に住む野川のところに相談に来たというわけです。
ちなみにこの街では茂木昂介という30代前半くらいの人がジオラマの店を開き始めていて、もともと茂木のジオラマ教室に通っていた胡桃は茂木を追ってこの街にやってきていました。

胡桃の面倒を亜樹が見ることになるのですが、家に連れてきてみると、胡桃の驚異的な異常さが明らかになりました。
異様な行動が目立ち、その行動の謎へと迫っていきます。


「第五話 偉大なるアンバーソン家の人々」
冒頭、「メリエス」が火災によって焼け落ちてしまいます。
資金的にも新しくお店を建て直すのは無理で、さすがの亜樹も閉店を覚悟していました。
しかしジオラマ店の茂木、「缶詰帝国」店主の小笠原葵、「小麦の里」というパン屋の店主の佐倉良太は「メリエス」の再開を熱望していました。
みんなメリエスを必要としていました

そんな時、胡桃がクラウド・ファンディングをアドバイスしてくれます。
クラウド・ファンディングとはホームページなどで募集して大勢の人に小口の投資をしてもらうシステムのことです。

「投資する側から見れば、単にリターンを期待して金を出すんじゃなくて、投資することで、その人の夢の実現に一枚加わることになるんです。儲かるかどうかはわからないとしても、自分が気に入った相手と一緒に夢を追うんだと思ったら、それはそれで面白いじゃないですか」
これがクラウド・ファンディングの魅力のようです。
もともとは新曲をリリースしたいけど録音したりプロモーションする費用のないミュージシャンが始めたのが始まりとのことです。

一方その頃、「メリエス」の火事の原因は放火だったのではという疑いが出てきます。
そんな噂話が街に出回っていました。
亜樹は放火の噂話の出所を探っていくことになります。

クラウド・ファンディングで見学に来た投資家に見せるために、亜樹は「メリエス」の模型を作ることを考えます。
ドールハウスのような内部の分かる模型を胡桃に作ってもらうことにしました。
そして作るのは「これから作りたい店の模型」にして、それを見せながら投資家にプレゼンテーションしようということになりました。
このプレゼンテーションが上手く行けば投資家に出資してもらって「メリエス」の新しいお店を建て直すことが出来るという重大な場面を迎えます。

最後、放火犯の謎も明らかになりました。
意外なトリックだったなと思います。
謎も解けたことですし、無事に「メリエス」がまた商店街にやってきた客の憩いの場になっていってくれたら良いなと思います。


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