今回ご紹介するのは「海岸通りポストカードカフェ」(著:吉野万里子)です。
-----内容-----
横浜の私立校で教師をする五月雨丈司のもとに不思議な知らせが届いた。
港の片隅にある喫茶店に自分あての葉書が届いているという。
行ってみると、そこは届けられたポストカードを壁一面に貼って公開し、永遠に保管するという風変わりな喫茶店だった。
差出人に心当たりのない丈司は、記憶をたどり始めるがー。
その店にいると、一枚の葉書に込められた真摯な想いと、それぞれが抱える人生が見えてくる。
読み終わったあと、大切な誰かに手紙を書きたくなる、あたたかで鮮やかな連作短篇。
-----感想-----
ポストカードカフェはマスターの瀬尾龍之介と弟子の松井朝陽(あさひ)でやっているカフェ。
横浜みなとみらいの万国橋のたもとにあります。
カフェ名に「ポストカード」が付いているように、このカフェには葉書がたくさん飾られています。
ある日、横浜みなと女学園で働く五月雨丈司のもとにポストカードカフェから葉書が送られてきます。
その葉書には「五月雨様宛の葉書が届いております。一度、当店へお越しいただければ幸いです。」と書かれていました。
まったく覚えのない店からの案内状に丈司は戸惑います。
しかしいたずらとは思えなかったため、丈司はポストカードカフェを訪れます。
そこから物語が本格的に始まっていきます。
五月雨丈司先生は44歳の社会科教師で物語の中心的な人物の一人であり、よく名前を早乙女と間違えられる特徴があります。
横浜みなと女学園は中学高校合わせて全校864名のお嬢様学校で、「ツタの学園」という呼び名があるとありました。
丈司が横浜みなと女学園を後にする時の描写に「長い階段を降り切って、細道を右折し、丈司は元町商店街へ出た。」とあり、横浜みなと女学園は山手方面にあることが分かりました。
このことから、横浜みなと女学園のモデルは山手にあるフェリス女学院だと思います。
横浜が舞台なのでランドマークタワーやインターコンチネンタルホテル、クイーンズスクエア、大観覧車、大さん橋などの名前が出てきて、私もよく歩いたので街の景色が鮮明に思い浮かびました
ポストカードカフェに行った丈司は店内に入り、壁一面、高さ約5メートルの天井まで全て覆い尽くす葉書に驚きます。
店員の松井朝陽によると「みんな公開してほしいからポストカードカフェに送ってきているので、ポストカードカフェ宛に来た葉書は全て公開している」とのことでした。
丈司宛の葉書には次のように書かれていました。
先生。
わたしはもう二度と先生に会えなくなりました。時が流れるって哀しいことですね。いらないものばかり増えて、わたしを蝕んでいく。先生のご多幸を祈っています。
さき
穏やかならぬ文面に驚きますが、差出人の「さき」が誰なのかが思い当たりません。
先生と呼んでいることからどうやら丈司の教え子のようなのですが、これまで送り出した生徒は何百人もいて、一人ひとりの生徒の顔と名前をずっと覚えているわけでもないので見当がつかないようでした。
葉書を読んだ丈司はその葉書を受け取ろうとしますが、マスターの瀬尾龍之介に「それは困るんだ」と断られてしまいます。
「この店に来た葉書は、みんなこの店で保管するという決まりがあるんだよ」と言っていました。
また、朝陽も「先生だけに送りたかったら、きっとツタの学園宛てに出したでしょ?ここに送って来たってことは、そういう意味なんスよ」と言っていました。
丈司は納得はいかないながらもその場は引き下がることにしました。
物語が進むにつれて丈司は少しずつ「さき」のことを思い出していきます。
名前は新倉咲季で、丈司が18年前に初めて担任を持った時に高校一年生で16歳だったことから、現在は34歳だということが分かりました。
咲季はなぜ「もう二度と先生に会えなくなりました」という悲しい葉書を送ることになったのか、その謎に近付いていきます。
作品は連作短篇になっていて、全部で12の短篇で構成されています。
どの短篇も最初は常に朝陽の挨拶から始まり、これがなかなか和やかでした。
全てが丈司の物語なわけではなく、他の人の物語もあります。
いずれもポストカードカフェに縁のある人物の物語です。
自らの出世のためにどうしてもポストカードカフェにある葉書を消し去りたい小坂保則というIT会社の社長の物語や、ポストカードカフェ常連の磯ヶ谷耕太郎と睦子の物語などもありました。
ちなみにポストカードカフェに来たポストカードは誰かが持ち帰ることも捨てることもなくずっとお店にとっておくという大原則があります。
私的にはかつて小坂保則の恋人で二人揃ってよくポストカードカフェに来ていた「和泉(いずみ)」という人の物語が興味深かったです。
保則は29歳、和泉は26歳で、保則は千夏というトップモデルと付き合うことによって、千夏の知名度を利用して自身も有名になり上に行こうとしていました。
そのため一方的に和泉との交際を終わりにし、音信不通の状態にしていました。
保則は自分が上昇するために和泉を切り捨てたわけで、自分のことばかり考えていて酷かったです。
その現在の保則に対して和泉がどう思っているのか興味深く読んでいきました。
丈司は修学旅行の引率で行った京都で田村美鈴(旧姓は大原美鈴)という、横浜みなと女学園で新倉咲季と同級生だった子と会います。
そこで咲季が高校時代に五月雨先生のファンだったこと、美鈴も咲季と連絡が取れなくなっていることなどが明らかになりました。
咲季に一体何が起きているのか凄く気になりました。
また、ポストカードカフェには地上げ屋がやってきます。
横浜みなとみらいという理想的な立地条件なことから、ポストカードカフェの土地を売るように言っていました。
売らない場合はポストカードカフェが昔に建てられた建物のため耐震強度を満たしていないのをそこら中に言いふらすと脅迫もしてきて、ポストカードカフェがどうなっていくのか気になるところでした。
作品内では葉書だけでなく「文通」も登場していました。
私は文章を書くのが好きなので文通は凄く良いと思います。
葉書も文通も、メールでは伝えきれない繊細な真心を伝えられる良さがあります
マスターがなぜポストカードカフェを始めたかについても明らかになりました。
店内の壁を全て覆い尽くすほどに葉書を貼るカフェはかなり珍しく、なぜそんな個性的なカフェにしたのか興味深かったです。
この作品はドラマにしても面白いのではないかと思いました。
横浜みなとみらいは文句なしの好ロケ地ですし、壁一面に葉書が貼られた個性的なカフェが舞台なのも面白いです。
いつかそんな日が来ても不思議はないくらい面白い作品でした
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-----内容-----
横浜の私立校で教師をする五月雨丈司のもとに不思議な知らせが届いた。
港の片隅にある喫茶店に自分あての葉書が届いているという。
行ってみると、そこは届けられたポストカードを壁一面に貼って公開し、永遠に保管するという風変わりな喫茶店だった。
差出人に心当たりのない丈司は、記憶をたどり始めるがー。
その店にいると、一枚の葉書に込められた真摯な想いと、それぞれが抱える人生が見えてくる。
読み終わったあと、大切な誰かに手紙を書きたくなる、あたたかで鮮やかな連作短篇。
-----感想-----
ポストカードカフェはマスターの瀬尾龍之介と弟子の松井朝陽(あさひ)でやっているカフェ。
横浜みなとみらいの万国橋のたもとにあります。
カフェ名に「ポストカード」が付いているように、このカフェには葉書がたくさん飾られています。
ある日、横浜みなと女学園で働く五月雨丈司のもとにポストカードカフェから葉書が送られてきます。
その葉書には「五月雨様宛の葉書が届いております。一度、当店へお越しいただければ幸いです。」と書かれていました。
まったく覚えのない店からの案内状に丈司は戸惑います。
しかしいたずらとは思えなかったため、丈司はポストカードカフェを訪れます。
そこから物語が本格的に始まっていきます。
五月雨丈司先生は44歳の社会科教師で物語の中心的な人物の一人であり、よく名前を早乙女と間違えられる特徴があります。
横浜みなと女学園は中学高校合わせて全校864名のお嬢様学校で、「ツタの学園」という呼び名があるとありました。
丈司が横浜みなと女学園を後にする時の描写に「長い階段を降り切って、細道を右折し、丈司は元町商店街へ出た。」とあり、横浜みなと女学園は山手方面にあることが分かりました。
このことから、横浜みなと女学園のモデルは山手にあるフェリス女学院だと思います。
横浜が舞台なのでランドマークタワーやインターコンチネンタルホテル、クイーンズスクエア、大観覧車、大さん橋などの名前が出てきて、私もよく歩いたので街の景色が鮮明に思い浮かびました
ポストカードカフェに行った丈司は店内に入り、壁一面、高さ約5メートルの天井まで全て覆い尽くす葉書に驚きます。
店員の松井朝陽によると「みんな公開してほしいからポストカードカフェに送ってきているので、ポストカードカフェ宛に来た葉書は全て公開している」とのことでした。
丈司宛の葉書には次のように書かれていました。
先生。
わたしはもう二度と先生に会えなくなりました。時が流れるって哀しいことですね。いらないものばかり増えて、わたしを蝕んでいく。先生のご多幸を祈っています。
さき
穏やかならぬ文面に驚きますが、差出人の「さき」が誰なのかが思い当たりません。
先生と呼んでいることからどうやら丈司の教え子のようなのですが、これまで送り出した生徒は何百人もいて、一人ひとりの生徒の顔と名前をずっと覚えているわけでもないので見当がつかないようでした。
葉書を読んだ丈司はその葉書を受け取ろうとしますが、マスターの瀬尾龍之介に「それは困るんだ」と断られてしまいます。
「この店に来た葉書は、みんなこの店で保管するという決まりがあるんだよ」と言っていました。
また、朝陽も「先生だけに送りたかったら、きっとツタの学園宛てに出したでしょ?ここに送って来たってことは、そういう意味なんスよ」と言っていました。
丈司は納得はいかないながらもその場は引き下がることにしました。
物語が進むにつれて丈司は少しずつ「さき」のことを思い出していきます。
名前は新倉咲季で、丈司が18年前に初めて担任を持った時に高校一年生で16歳だったことから、現在は34歳だということが分かりました。
咲季はなぜ「もう二度と先生に会えなくなりました」という悲しい葉書を送ることになったのか、その謎に近付いていきます。
作品は連作短篇になっていて、全部で12の短篇で構成されています。
どの短篇も最初は常に朝陽の挨拶から始まり、これがなかなか和やかでした。
全てが丈司の物語なわけではなく、他の人の物語もあります。
いずれもポストカードカフェに縁のある人物の物語です。
自らの出世のためにどうしてもポストカードカフェにある葉書を消し去りたい小坂保則というIT会社の社長の物語や、ポストカードカフェ常連の磯ヶ谷耕太郎と睦子の物語などもありました。
ちなみにポストカードカフェに来たポストカードは誰かが持ち帰ることも捨てることもなくずっとお店にとっておくという大原則があります。
私的にはかつて小坂保則の恋人で二人揃ってよくポストカードカフェに来ていた「和泉(いずみ)」という人の物語が興味深かったです。
保則は29歳、和泉は26歳で、保則は千夏というトップモデルと付き合うことによって、千夏の知名度を利用して自身も有名になり上に行こうとしていました。
そのため一方的に和泉との交際を終わりにし、音信不通の状態にしていました。
保則は自分が上昇するために和泉を切り捨てたわけで、自分のことばかり考えていて酷かったです。
その現在の保則に対して和泉がどう思っているのか興味深く読んでいきました。
丈司は修学旅行の引率で行った京都で田村美鈴(旧姓は大原美鈴)という、横浜みなと女学園で新倉咲季と同級生だった子と会います。
そこで咲季が高校時代に五月雨先生のファンだったこと、美鈴も咲季と連絡が取れなくなっていることなどが明らかになりました。
咲季に一体何が起きているのか凄く気になりました。
また、ポストカードカフェには地上げ屋がやってきます。
横浜みなとみらいという理想的な立地条件なことから、ポストカードカフェの土地を売るように言っていました。
売らない場合はポストカードカフェが昔に建てられた建物のため耐震強度を満たしていないのをそこら中に言いふらすと脅迫もしてきて、ポストカードカフェがどうなっていくのか気になるところでした。
作品内では葉書だけでなく「文通」も登場していました。
私は文章を書くのが好きなので文通は凄く良いと思います。
葉書も文通も、メールでは伝えきれない繊細な真心を伝えられる良さがあります
マスターがなぜポストカードカフェを始めたかについても明らかになりました。
店内の壁を全て覆い尽くすほどに葉書を貼るカフェはかなり珍しく、なぜそんな個性的なカフェにしたのか興味深かったです。
この作品はドラマにしても面白いのではないかと思いました。
横浜みなとみらいは文句なしの好ロケ地ですし、壁一面に葉書が貼られた個性的なカフェが舞台なのも面白いです。
いつかそんな日が来ても不思議はないくらい面白い作品でした
※図書レビュー館(レビュー記事の作家ごとの一覧)を見る方はこちらをどうぞ。
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