今回ご紹介するのは「シュガータイム」(著:小川洋子)です。
-----内容-----
三週間ほど前から、わたしは奇妙な日記をつけ始めたーー。
春の訪れとともにはじまり、秋の淡い陽射しのなかで終わった、わたしたちのシュガータイム。
青春最後の日々を流れる透明な時間を描く、芥川賞作家の初めての長篇小説。
-----感想-----
主人公は「わたし」で、一人称の語りでした。
「わたし」は三週間ほど前から日記をつけていて、それぞれの日ごとに食べたものが書かれていました。
その食べたものの量が凄まじく多く、明らかに過食症のようになっていました。
「自分の食欲が普通でないと感じ始めた時、どれくらい普通でないかを確かめるために、食べた物をリストアップしてみた。それが、奇妙な日記の始まりだった。」とありました。
「わたし」は大学四年生とありました。
小説の背表紙にある内容紹介に「青春最後の日々」という言葉があったのでもう少し年を重ねていると思っていたのですが、意外にも若かったです。
そして大学四年生で早くも「青春最後の日々」になっているのは何だか寂しいなと思いました。
また過食症について、「どうして自分がこんなにたくさんのものを食べられるようになったのか、理由は全然分らなかった。自分では病気だという感じさえしなかった。」とありました。
さらに「体重でさえ、ベストの値から一グラムも増えていなかった。」とあり、これが意外でした。
大量に食べると太るのではと思ったのですが、増えない場合もあるようです。
3月の終わりのある日、弟の航平が引っ越してきます。
「わたし」が下宿先としてお世話になっている大家さんの家はとある神道宗教の教会です。
高校を卒業した航平は大学には行かずに、この大家さんのもとで神道の修行をするとのことでした。
「わたし」と航平は血のつながった姉弟ではなく、早くに母親を亡くし父親と二人暮らしだった「わたし」が11歳の時、8歳の航平が「新しいママ」に連れられて現れました。
新たな家族での生活が始まってしばらくすると航平が体が成長しなくなる病気になります。
病院の中庭にあるベンチに「わたし」と航平が座って話していた場面で、車椅子に乗った若い女の人が本を読んでいる描写がとても印象的でした。
かぎ針編みの膝掛けや、耳の後ろで髪を束ねた幅広のリボンや、本に目を落とすひっそりとした姿勢が、病院の中庭の風景にぴったりとはまり込んでいて一枚の絵のようだった。
最後の「一枚の絵のようだった」という言葉でこの場面が明るさと穏やかさと淡さが合わさったような雰囲気で浮かび上がってきて、やはり芥川賞を受賞した人なので良い表現をするなと思いました。
春休みが終わり、大学四年生の新学期が始まります。
真由子という友達との会話で「わたし」の名前が「かおる」と分かりました。
かおるが自身の過食症のような症状を打ち明けると、真由子は「異常だ」と言ったり深刻になったりはせず、朗らかに正面から受け止めてくれていました。
そして「今日はとことん、かおるに付き合ってあげる。かおると同じものを同じ量だけ一緒に食べてあげる。そうしたら何か、正体がつかめるかもしれない」と言っていました。
こんなふうに異常さを朗らかに受け止めてくれて付き合ってくれる友達がいるのは、かおるにとってとても嬉しいことだと思います。
かおるは吉田さんという同じ大学の大学院生と付き合っています。
夏の近づいたある日、真由子と彼氏の森君、かおる、吉田さん、航平の五人で大学野球のリーグ戦を見に行くことになります。
しかし吉田さんにトラブルが起こります。
そのトラブルは二度に渡ってかおるを不安にさせるものでした。
その後、かおると吉田さんが大学内でばったり合い、そのまま地下鉄に乗って出掛ける場面がありました。
そして地上に出た時の「地上には相変わらず強い陽射しが降り注ぎ、風景が半透明の黄色にすっぽり包まれたように見えた。」という描写が印象的でした。
たしかに陽射しが降り注いでいると風景が黄色がかって見えることがあり、その風景が思い浮かびました。
そしてこれを言葉にした感性が良いなと思いました。
かおると航平の母親はよく、航平の体を心配する電話をかおるのほうにかけてきます。
航平には自分の心配を悟られたくないらしく、滅多に電話はしないです。
そして電話についてかおるは「母親からの電話はわたしを憂鬱にする。」と胸中で語っていました。
航平のそばにいるわたしに彼女の心配を肩代わりさせようとする。
かおるのこの言葉は凄く印象的でした。
母親としては一人で心配するのは嫌なのでかおるにも心配してほしくて、自分と同じ気持ちになってほしくて頻繁に電話をかけてくるのだと思います。
ただしその行為はかおるを憂鬱にしていて、憂鬱になりながらも母親の電話に付き合うかおるは大変だと思いました。
吉田さんとは大学野球のリーグ戦を見に行った日以来関係がおかしくなっていました。
かおると真由子がそのことについて話していて、かおるが「吉田さんは無言になることで何か重大なことをわたしに示そうとしているんじゃないかしら」と言うと、真由子は次のように言っていました。
「そんなのおかしいよ。お互いにちゃんと顔を見て、本当のことを話すべきだと思う。もし吉田さんが無言のままかおるに何かを伝えようとしているんなら、それはとってもずるいやり方だよ」
これはそのとおりだと思います。
付き合っているのですから、男女ともに「私は何も言っていない。相手が勝手に察知して解釈しただけだ」というやり方はずる過ぎると思います。
やがて秋になるとおかしくなっていた吉田さんとの関係に変化が訪れます。
かおるが過食症のような症状になった原因はどれなのだろうと考えてみました。
冒頭でかおるは原因の予想としてホテルでアルバイトを始めたことと、弟の引っ越しがあったことを挙げていました。
物語を読んでいくと、母親からの電話も影響している気がしました。
私的にはどれも決定的な原因ではなく、少しずつ影響しているくらいなのではと思います。
それがある時、あるタイミングでそれぞれの影響が普段よりやや大きくなった時、内面で何らかのバランスが崩れ、過食症のような症状になった気がします。
この小説は終わり方がとても良かったです。
「あの場面でのあれが、ここで使われるのか!」と驚き、さらには爽快な気分になりました
かおるは過食症に別れを告げられると確信する終わり方で良かったです。
静かに淡々と、それでいてサーッと流れるように書かれた文章が印象的でした。
久しぶりに小川洋子さんの小説を読んでみて、文章が読みやすいと思いました。
またいずれ機会があれば他の作品を読んでみたいと思います
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